大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2340号 判決

債権者

浜田修

代理人

栄木忠常

外三名

債務者

五合化学株式会社

代理人

守屋典郎

外一名

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実〈省略〉

理由

一契約の成立

会社が昭和二八年一二月二二日プラスチック成型品の製造販売を目的として設立された株式会社であつて、債権者が会社設立とともに会社に対し工場長としてその職務にあたる旨を約したことは争がない。

右合意の性質について考えると、〈証拠〉によれば、債権者は原材料の仕入及び製品の設計工程につき最終的決定をなすこと及び約八〇名に及ぶ工場従業員(人数は争がない)の採用その他人事及び製品価格の決定外註先の選定等につき取締役会の決議による代表取締役の指示に従いこれを処理すること等工場生産を統轄する包括的な権限を会社から与えられ、この職務を遂行してきたことが認められるから、債権者は右合意により工場長として工場生産の統轄という包括的な労務に従事するもののなお取締役会の決議にもとずく代表取締役の指揮命令に従うべきものというべく、右合意はなお労働契約に属するというを妨げない。債権者が工場長のほか会社の取締役にも選任されていたとの事実は争がないけれども、それが代表取締役でない以上右認定を左右するものではない。

二契約の終了

(一)  株主総会の解職決議

会社は昭和四二年七月二九日開催の株主総会において債権者の取締役解任と併せて工場長解職を決議したから、債権者と会社間の右契約は終了したと主張する。

債権者の工場長解職の決議が成立ししかもこれが有効であるとしても、それは会社内部の単なる意思決定にすぎず、これだけをもつて会社と債権者間の右契約を終了させるに足りないから右主張は理由がない。

(二)  懲戒解雇の意思表示

1  意思表示の存在

会社は同年七月二九日債権者に対し懲戒解雇の意思表示をしたから右契約は終了したと主張する。

〈証拠〉によれば、同人は同日株主総会終了後債権者に対し、解雇予告手当を提供することなく懲戒解雇の意思表示をしたことが認められるのであつて、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  意思表示の理由

(1) 懲戒処分の法的根拠――就業規則

会社就業規則二六条が懲戒事由として「作業場の秩序並に風紀をみだした者」(二号)、「故意に作業能率を阻害した者」(四号)を掲げ、同二八条が懲戒処分の種類として譴責(始末書を提出させ将来を戒める)減給、降格、解雇(予告を用いないで解雇する)の四種を定めていることは争がない。

(2) 懲戒処分の事実上の理由

(ⅰ) 動機

(イ) 〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、〈証拠判断省略〉

「会社は伝票につきワンライテイング・システム(商品購買のさい複写により検査依頼票、検収通知書、検収確認書、仕訳伝票、副票等に必要事項を記入する方式をいう。これにより転写に伴う誤記を避け得る)。を採用し、かつ現物の動きと伝票の記載とを一致させることにしていた。

債権者は昭和四二年四月二二日頃その指揮下にある外註部から伝票の決裁を求められたが、その伝票には会社が下請先からセコニックセル本体を受入れた旨記載され、これによつてその代金を支出することが可能となるにもかかわらず、実際にその受入はなかつた。債権者は外註部長日下部栄一に対し、一応右伝票を承認した上、今後は現物の動きと伝票とを一致させ、仮払金、前渡金の名目で代金を支出するの措置をとるべき旨注意を与え、かつ、数日後返品伝票を発行させた。ところが債権者は同年五月二三日午前一〇時前頃就業時間中会社事務室において下請先下山プラスチックス有限会社から『二二五セル本体』一〇〇〇〇個を検査の上受入れたのでその代金を支出する旨の伝票の決裁を求められたが、真実右の品物を受入れたことはなかつた。そこで債権者は、さきに与えた注意に反するかかる伝票を承認するときは、現物の受入なくして代金を支払う習慣がつき不正行為が介在しやすくなる関係上、今回は関係者に強く反省を求めようと決意し直ちに外註部長日下部栄一の席に赴き、『下請先の都合で代金を現物受入前に支払う必要があれば、このような空伝票でなく、前渡金又は仮払金名義で行なうべきである。』と説いたところ日下部から『過去何年間もこの方式でやつている、これが便利なんだ』と反対されて怒り、『この伝票はどうしても承認できない』と告げこれを破つて自席に戻つた。日下部もまた債権者を追つて、『何故破つたか。工場長はいつも伝票は金券だといつているではないか』と詰問した。債権者は小型ハンマーをとり出して自らの手を叩いて気勢を示し、なおも日下部から『何だ。それは。挑発する気か』『何故伝票を破つたか』等と追究されるや、『騒ぐな』と警察に電話をかける仕草をし、『出てゆけ』と怒鳴つて同人の腹部を足で蹴つて転倒させ、同人を無理に室外に連出れすべくそのシャッや髪をつかんで柱に打ちつけたり引つぱろうとした。債権者は結局同人を室外に連れ出すことに失敗し、同人から、『何故暴力をふるうのか。』と詰めよられて、『おれはかつとなると何をするか解らんぞ。人も殺すんだ。殺すことは皆考えている。ただ口にいわないだけだ。』等と脅迫し、日下部も、『工場長が暴力をふるつた。』と大声でわめくなど同日夕刻終業まで騒いだ。この暴力沙汰で日下部は膝に擦過傷を負つた。」

(ロ) 〈証拠〉によると、債権者は嘗て激昂のあまりストライキ中の会社従業員を殴打したり、日下部栄一を押しのけようとして同人の眼に指を突込むなど、興奮して実力をふるつた事実を認めることができる。

(ハ) 〈証拠〉によれば、会社従業員をもつて組織する五合化学労働組合は会社あて即日、「社内における一切の暴力行為に対し厳重に抗議する。」旨の抗議文を提出したことが認められる。

〈証拠〉を総合すれば、会社は債権者の前記所為をもつて就業規則二六条二号に該当し、しかも前記の事情のもとではその情状は軽くないが、他面日下部の債権者に対する態度にも非難すべき点があると判定し、両名に始末書の提出を命じたところ、日下部にこれに応じたが、債権者はこれが後日悪用されることを恐れると称して始末書提出を拒んだこと(債権者がこの命令を受けて拒んだことは争がない。)、会社はこれに対し再考を促したものの格別の措置に出ないうちに、同年六月八日五合化学労働組合から前記抗議に対し会社が明確な態度を示さないのは遺憾である旨の申入を受け、さらに同月三〇日株主たる日下部栄一から少数株主権にもとずき、債権者の暴行を理由としてその取締役解任工場長解職を会議の目的たる事項として株主総会の招集請求を受け(この招集請求の事実は争がない)、さらに同年七月三日会社生産部長岩崎健彦、外註部長日下部栄一、施行課長鈴木福三郎から「暴力事件を起した債権者を会社の重要業務から切り離すことを求める。もし七月五日までに問題が解決しないときは、我々は同月六日以降債権者を工場長として認めず、生産部門は生産部長と外註部長の合議によつてのみ運営する。営業部から工場長を経由して生産を求められても責任を負わない。」旨の申入を受けたこと、この間会社は債権者の会社内における地位、功績を考慮し取締役会を七回開催して善後策を協議し、代表取締役小野申治は債権者と二度にわたり懇談し、始末書の提出を促したが、その功を奏しなかつたことが認められる。

(ニ) 会社が同年七月四日付で債権者の右暴行に対し懲戒処分と称して同月六日から六か月間の休職を命じたことは争がない。そして〈証拠〉によれば、休職処分中債権者は工場長としての職務を行なうことを得ず、会社に出動することを禁ぜられるものの、従前どおりの賃金を受けるとされたことを認め得る。

〈証拠〉によれば、債権者は休職処分が発効すればもはや出勤し工場従業員と接触することも難しくなるので、その前に従業員に対し自己の立場を説明しようと決意したことが認められる。

(ⅱ) 態様

債権者が休職処分が発効すべき日とされた日の前日である同年七月五日会社工場従業員の勤務時間である午前八時三〇分から午後にわたり工場内に従業員を集合させ、債務者代表取締役小野申治から中止方を申入れられたにもかかわらず債権者と日下部との間の前記事件について経過説明等の弁明を行なつたことは争がない(時刻については〈証拠〉によつて認める。)。

(ⅲ) 結果

(イ) 〈証拠〉によれば、債務者工場の生産は債権者の右弁明等のため当日一日中休止のやむなきに至り、減産した商品の価格は約四〇万円に及んだことが認められる。

(ロ) 会社が同年七月二九日株主総会を招集開催したことは争がなく、〈証拠〉によれば、右総会において株主六名全員出席の上債権者の取締役解任の議題を付議し債権者を除くその余の株主即ち代表取締役小野申治、営業部長小野孝三、生産部長岩崎健彦、外註部長日下部栄一外一名の賛成を得たことが認められる。

(ハ) 後記のように会社は債権者と小野申治らとの共同出資により成立した企業であつて、当時発行済株式の額面総金額は一〇〇〇万円、営業部と工場という職制にわかれ従業員数約八〇名という規模であつたから、以上のような債権者の行為及びこれに伴う会社幹部間の対立に逢着して企業秩序維持上著しい困難を蒙つたことは容易に推認できる。

(ⅳ) 債権者の会社経営に関する功績

債権者が昭和二六年頃共進製作所という商号をもつてプラスチック加工業を開始し、小野申治もまたモダンプラスチック工芸株式会社工場長としてプラスチック加工業に従事しており、ここに両名は共同してその資産を出資し債務者会社を設立して、債権者は取締役工場長、小野は代表取締役に就任したことは争がない。

〈証拠〉によれば、会社の業績は設立当初一時困難な時期を迎えたこともあつたものの、発行済株式の額面総金額が二五〇万円から一〇〇〇万円に増加し(増資の事実は争がない)。会社は代表取締役もとに営業部及び工場を置き工場の中にの技術課(課員四名)、外註部(部員三名)、生産部(部員約六〇名)を置くようになつたこと、債権者はこの間工場長として会社業務に尽力したが、会社に出資した者の持株数が不明確であり会社経理に種々の疑点が存するとしてその是正方を小野に申入れ、この点で小野と所見を異にするに至つたこと、特に会社が昭和三九年頃税務当局から脱税したと判定され青色申告の特典を失い重加算税を賦課されるとの事態が発生するや、債権者は会社の経営上改善すべき点を指摘した経営意見書を提出する等の努力を重ねたが、債権者は生来自信家であり直情径行であつたため、必ずしも他の幹部との折合がよくなかつたことを認めるに足り、右認定を左右すべき証拠はない。

(ⅴ) 会社の他の幹部の非行に対する処分例

〈証拠〉によると、会社の営業部長小野孝三は昭和三三年一二月各種合成樹脂及びその成型製造等の事業を営むことを目的とする中央産業株式会社の取締役に就任したが、現実にその職務を行なわないうちに債権者及び小野申治の勧告を容れ昭和三四年一二月右会社取締役を退任したこと、この件につい小野孝三は会社から何らの処分を受けなかつたことを認めるに足りる。

(3) 就業規則の適用

(ⅰ) 行為

債権者の前記(2)(ⅱ)の所為は、就業規則二六条二号中「作業場の秩序をみだした者」、及び四号「故意に作業能率を阻害した者」という懲戒事由に該当する。

(ⅱ) 情状

債権者が、前示のような弁明を行なうに至つたそもそもの発端は、日下部外註部長が債権者のかねてからの指示に反し事実に副わない伝票の決裁を債権者に求めた点に存するのであるが、債権者は日下部の態度が執拗にすぎたにせよ、その上司として一応説得を試み、これにも従わなければ就業規則等に則り配置転換懲戒その他所要の措置をとることができるにもかかわらず、自ら日下部に対し暴力を振つたのであつて、工場長という地位にまことにふさわしくない所為を敢行したものに外ならない。従つて債権者はこれに対し直ちに遺憾の意を表し、自らの所為により前示の如く乱れた企業秩序の回復に全力を挙げるべきこと、取締役を兼ねる工場長として当然の職務であるにもかかわらず、かような措置をとらず、敢て会社代表者の意思に反し、従業員を就業時間中集合せしめ弁明を試み工場生産を一日中休止させ前示の損害を加えるに至つたのは、その動機及び態様において情状きわめて重大であるといわなければならない。

しかしながら債権者は会社に対する出資者の一人であり取締役を兼ねた工場長という最高幹部の一人として十数年の長きにわたり会社に貢献したものであつて、他の取締役らとの折合必ずしも良好といえなくても、その功績を無視することはできない。

(ⅲ) 契約の性質

債権者が取締役会の決議にもとずく代表取締役の指揮命令に従つて工場長の労務を提供する点において、債権者と会社との間の契約は労働契約というを妨げないものであるが、工場長の職務が工場生産の統轄という包括的性格をもちしかも工場長自ら取締役会の一員である点にも着目すれば、この労働契約は、より包括的でない労務の提供を目的とする契約に比して、当事者双方の人格的信頼関係をより重視するものというべきであつて、事務処理を旨とする委任契約にも類似する。従つて本件懲戒権の行使に裁量を誤つた違法があるか否かを判定するに当つては、本件契約のもつこの特性をも考慮しなければならない。

(ⅳ) 懲戒解雇相当

債権者の所為は工場長として動機態様において重大であり、その結果会社幹部との反目は決定的となり、もはや債権者と会社との間の人格的信頼関係は乏しく、債権者の従前の功績を考慮してもなおこれとの契約関係を維持することは極めて困難であるといわざるを得ない。従つて会社が債権者に対し懲戒処分中最も重い解雇の措置を選択したからとて、これをもつてその裁量を誤つたとはいえない。前記小野孝三の同業他会社取締役就任の事例は事案を異にし、本件と比較の対象になり難い。従つて懲戒解雇の意思表示は有効であり、これによつて本件契約は終了したものである。

(4) 休職処分無効との関係

債権者は前記休職処分は無効であると主張する。

使用者が懲戒処分の種類を就業規則中に明規したときは、これが労働者の企業秩序違反行為等に対する制裁手段であることに鑑み、特別の事情のない限りその種類を限定したものと解するのを相当とし、本件においてもこれと異る解釈をすべき特別の事情は認められない。しかるに前記休職処分は懲戒処分としてなされ一定の法的効果を有することは前示のとおりであるが、かような種類の懲戒処分が会社の就業規則上規定されているとの証拠がないので、この懲戒処分は就業規則に定めのない種類に属しその効力を生ずる由がない。しかし、本件懲戒解雇は債権者の右弁明等を理由とするものであるから、休職処分の無効は懲戒解雇の意思表示の効力に影響を及ばさない。

三結論

従つて債権者は本件契約上の権利を有せず、結局本件仮処分申請は被保全権利の疏明を欠くに帰し、保証を立てさせてこれに代えるのも相当でない。よつて本件仮処分申請を却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用してこれを債権者に負担させ、主文のとおり判決する。(沖野威)

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